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■ 学習能力が足りない
最近はまたFF11での活動が活発になっています。

からくり士のレベルが70になりました。

前回のVUから1ヶ月と少し
ちまちまと頑張ってきましたがやればできるものですね。
最近のヴァナディールはだんだんソロに優しくなってきていて居心地がいいです。

からくり士は知らない間に
サポ学者のスリプルと黒マトンの精霊を駆使して
黒魔ソロの真似事をする方法を編み出したようで
これが自分がからくり士を上げるモチベーションの1つになっています。


この調子でいけば75もそう遠くないうちに達成できそうなのですが
ここで問題が1つ。

最近無性にとても眠いのです。

特にGWが明けてからというもの昼間に眠くなることが多い。

数年前に生活のリズムを正してから
昼間に眠くなるのはほとんど無くなったのに
ここのところ頻繁に眠くなる。

たぶんFF11のせいでしょうね。

夢中になりだすとやりたいことに際限がなくなりますから
それが気付かない間に睡眠時間を削っているのでしょう。

ちょっとこれは考えないといけません。

大体いつもこうなんですよ。
FF11にハマりだすといつもこう。


FF11の活動が活発になる

夢中になってあれこれと手を出す

日常生活に支障が出る

FF11との付き合い方を考え直す

色々面倒臭くなる

ほぼ休止状態へ


何度これを繰り返したのやら。
日常生活に支障が出る←今このへんです。

とにかく昼間眠くなるのは問題なので
ちゃんと考え直さないといけません。

とりあえず早めにログアウトすることを心掛けてみましょうかね。

また休止状態に入る前に
できればからくり士レベル75になりたいところです。
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■ チームプレイとスタンドプレイ
攻殻機動隊にこういう言葉がある。

我々の間には「チームプレイ」などという都合のいい言い訳は存在せん。
あるとすれば、スタンドプレイから生じる「チームワーク」だけだ。

前者はチーム1つを最小単位として行動する考え方で
後者は個人を最小単位として行動した結果
生まれた連携をチームとする考え方。


MMORPGは後者であるべきだと思う。


そもそもMMORPGにおいて前者は成立し得ない。
何故なら人それぞれログインする時間は同じでなく
チームを最小単位として行動するなんて不可能だからだ。

チームプレイを強要すれば
必ず無理をする人が出る。
そこから歪みが生まれ
最後には破綻する。


だがかといってソロ(スタンドプレイ)しかできないのも問題だ。
MMOである必要が薄い。もしくは無い。

理想を言えば
パーティやギルドという概念を持たず、協力プレイが可能なものが望ましい。

同じ目的を持つ見知らぬ人と出会った時
会話をすることなく
ましてやパーティ申請などという余計な手続きを行うことなく
協力プレイを行い
そして別れることができるシステムが理想だ。

必要ならば会話して情報交換を行えばいいし
気が合うなら和気藹々と協力プレイをすればいい。


こういったシステムが確立されれば
MMORPGはさらに面白くなっていくと思う。
■ すべてがFになる
森博嗣「すべてがFになる」
読みました。

内容は、コンピュータを用いた密室殺人事件。
プログラマっぽい知識が飛び交っています。

トロイの木馬や16進数などに関しては
今でこそ説明されるまでもなく理解できる話ですが
これが書かれたのが今から13年前となると
当時としてはかなりすごい内容だったのでしょうね。

その頃に読んでいたらもっと新鮮な感想を抱いたのかもしれませんが
逆にちんぷんかんぷんで何も理解できなかったかもしれません。


トリックの内容はそれはそれで面白かったのですが
この作品の重要なところは
犀川先生や真賀田博士を通じて語られる哲学じゃないかと思います。

ヴァーチャルリアリティが進化し
いずれ現実と仮想現実の境界が無くなる
そんな世界が理想だ
という考え方には
技術が発展しその可能性が現実味を帯びてきた今でも
素直に肯定できる人は多くないでしょう。

まあ、自分はといえば
そういう世界を待ち望んでいる人の1人ですけどね。



すべてがFになる
という言葉が出てきた時に
東方香霖堂の15完全説を思い出してしまったのは失敗でした。
これのせいでトリックを暴いた時の感動が半減してしまった。

というのも
森博嗣の小説を読んでみようと思い立ったのは
東方の作者である神主が
この人の小説の影響を強く受けていると知ったからなんです。

香霖堂の15完全説の話の元になったのが
この小説であることは間違いないでしょうね。

というか香霖自体が犀川先生によく似ています。
犀川先生が幻想郷にいたらきっとこんな人だったでしょう。
■ 東方のゲームとしての面白さ
STG好きな人に言わせると
東方は敵を倒す爽快感がないからダメ、らしいです。
自分は逆に
アーケードによくある無駄に派手でうるさいSTGが嫌いで
それで今までSTGに興味を持たなかったクチなんですね。

そんな自分に言わせると
東方の面白さって言うのは
道中のばら撒き弾をアドリブで抜けて行く爽快感と
ボスのややこしい弾幕をギリギリで耐え切った時の達成感
だと思うんですよ。

敵を倒すのはオマケであって
あくまで弾を避けるのがメインのゲーム。

東方のボスキャラにこれだけ人気があるのは
もちろんスペルカードシステムの影響もあるでしょうが
プレイヤーがボスを完膚なきまでに叩きのめすことができない
という点も大きいと思います。

ボスは霊夢や魔理沙に攻撃を当てられなかったから負けた
のであって
攻撃さえ当てられれば次は勝つことができる。
だから1面ボスでも存在感を保っていられるんですよね。

ま、実際は何度やっても1面ボスには勝ちますけど。


そういう面白さを持った東方なんですけど
どうも最近の東方はその面白さが欠けてきてると思うんです。

というのも
さっき自分が東方の面白さとして挙げた

道中のばら撒き弾をアドリブで抜けて行く爽快感

これがどんどん無くなって来てるんですよ。

地霊殿の後半の道中は特にひどい。
画面最下段にべったり張り付いてなきゃ避けれない。
グレイズ回収は割といいシステムでしたが
逆に言うとあれ無かったらもうどうしようも無かったですね。

今年の星蓮船は
グレイズ回収が無くなった以上
地霊殿のようにはならないでしょうが
できたら昔みたいに
魔理沙を自由自在に動かせる東方になって欲しいものです。






全然関係ないですが
SMAPの草彅剛の件。

テレビの話でこれだけ笑ったのは久しぶりです。
昔のぷっすまではなかなかコメディアンになりきれなかった彼も
今ではこれだけ人を笑わせることができるようになったんですね。

この件であちこちでいざこざが起こっているみたいですが
本気になっていいのは本人とTV、CM、映画関係で被害を被った人だけでしょう。

こんな面白い話そうないんですから
せっかくだから笑いましょう。
■ 森博嗣とスカイクロラ
最近森博嗣の小説に興味を持ちまして
まどろみ消去から読み始めているところです。

これ読んだらシリーズものを読んでみようかな。
すべてがFになるあたりから。


そういう繋がりで
映画のスカイ・クロラ見ました。

原作の方はまだ読んでいないんですが
映画は監督が押井守ということもあって
やけに暗くて癖のある作品でした。

とてもミステリィ作家の作品という感じがしなかったんですが
原作もこんな感じなんですかね。

戦争の意味とかキルドレがどういう存在かとか
押井さんには珍しく全部説明してくれちゃって
それが分かった時点で話の展開が読めてしまったので
そのへんが少し残念だったかなぁ。

個人的には
こういう1つの価値観を押し付けてくるメッセージ性の強い作品より
1つの問いを提示して頭を悩ませてくれる作品の方が好きですね。

生きていくことは辛いことかもしれないし
最終的にはそういう結論に達するかもしれないけど
生きていくことはきっと幸せなことだろうって
希望をもって
ひたすらにその道を探し続けてる間は
少なくとも多少は幸せなんじゃないかと思う。

それでも結論を出さずにはいられない
人間の脳って悲しくできてるよね。


まどろみ消去を読んでる感じでは
森博嗣って人は年の割に若い感性してて
なかなか面白いです。
大学の助教授をしてただけあって文章も読みやすいし。

シリーズがたくさんあって冊数が結構あるのが大変ですが
まあのんびりと読み進めていきますかね。
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